たかがサッカー、されどサッカー…
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おにいは、たった今、自主練に出かけていった。
昨日までのテストの答案、今日は2教科が返ってきたようで、
その出来は…( ̄ー ̄)ニヤリッ
ま、後ほど。
今回は、視点を変えて、
ハンディキャップサッカーについてです。
2週間ほど前に、NHKの教育テレビの福祉ネットワークで
ブラインドサッカーについて取上げていた。
日本代表選手と彼が所属するチームでの活動や、
普段の生活の様子、ブラインドサッカーの現状などが
紹介された。
私がブラインドサッカーを知ったのは、
去年の夏に放送された某24時間TV番組内。
宮本選手と視覚障害のある少年との交流を紹介したものだった。
目が見えないのにどうやってサッカーをするの?
単純な疑問…
どうやら、ボールの中に鈴が入っていて、その音を
頼りにプレイするらしい…
ということぐらいはわかった。
昨日までのテストの答案、今日は2教科が返ってきたようで、
その出来は…( ̄ー ̄)ニヤリッ
ま、後ほど。
今回は、視点を変えて、
ハンディキャップサッカーについてです。
2週間ほど前に、NHKの教育テレビの福祉ネットワークで
ブラインドサッカーについて取上げていた。
日本代表選手と彼が所属するチームでの活動や、
普段の生活の様子、ブラインドサッカーの現状などが
紹介された。
私がブラインドサッカーを知ったのは、
去年の夏に放送された某24時間TV番組内。
宮本選手と視覚障害のある少年との交流を紹介したものだった。
目が見えないのにどうやってサッカーをするの?
単純な疑問…
どうやら、ボールの中に鈴が入っていて、その音を
頼りにプレイするらしい…
ということぐらいはわかった。
そして、先日の番組を見て、改めてスゴイ!
と思った。
何がスゴイって、もちろん、目が不自由なのに
あのスピード感にも驚くけど。
紹介された日本代表の選手は、
最初から目が見えなかったわけではなかった。
小学1年生からサッカーを始め、どこにでもいるフツーの
サッカー少年として、サッカー漬けの日々を送っていた。
そう。サッカー選手になる夢を抱きつつ…
ところが、小学6年生のころから、徐々に視力が落ち始め
18歳になるころには、僅かに光を感じる程度となる。
見えていたものが見えなくなる…
恐怖と絶望と挫折と。。。
想像できない…
大好きだったサッカーもできなくなり、
この先どうやって生きていったら良いのか、
生きていても仕方ない…
そんなふうに思う日々が続いただろう。
でも、ブラインドサッカーとの出会いが
彼に新たな希望を与えてくれた。
TV画面を通してみる彼の姿は、ホントに生き生きしてる。
一人暮らしをして自分で料理もする。
見事な包丁さばきだし…
そして、料理するその足元には、サッカーボールが…。
ブラインドサッカーをする上で必要なトレーニングだそうで、
意識は違うところにあっても、ボールをコントロールすることが
できないと…ということらしい。
これには、チームメイトも驚いてたけど、
それだけ日々努力しているんだなって思った。
彼はこの番組内で、コメントした。
人が足りないと。
プレイヤーも少ないし、サポートする人も足りない。
自分たちだけでは、ブラインドサッカーはできない。
GK、相手ゴール裏で声を出すコーラーという役割の人、
そして、監督は健常者が担う。
もちろん、練習だって、健常者の協力が必要になる。
パラリンピックの正式種目にもなったし、
日本のブラインドサッカーのレベルアップのためには、
健常者のサポートが欠かせないわけだ。
夢と希望を与えてくれるスポーツ…
サッカーに限ったことではないけど、
ハンディのあるなしは関係なく、
みんなが平等に楽しめたら、
どんなにhappyなことだろうって思う。
番組の中で紹介された彼のチームメイトたちは
ブラインドサッカーの魅力について、こう語った。
視覚障害者のスポーツは他にもあるけど、
サッカーは運動量が多く、思いっきり走り回れるところが
楽しいと。。。
そういえば、おにいにちょっと前に聞いたことがある。
サッカーの楽しいところは何かって。
同じようなことを言ってた。
いっぱい動き回れるからってなこと。
参考までに、日本視覚障害者サッカー協会のホームページはこちら↓
JBFA 日本視覚障害者サッカー協会
と思った。
何がスゴイって、もちろん、目が不自由なのに
あのスピード感にも驚くけど。
紹介された日本代表の選手は、
最初から目が見えなかったわけではなかった。
小学1年生からサッカーを始め、どこにでもいるフツーの
サッカー少年として、サッカー漬けの日々を送っていた。
そう。サッカー選手になる夢を抱きつつ…
ところが、小学6年生のころから、徐々に視力が落ち始め
18歳になるころには、僅かに光を感じる程度となる。
見えていたものが見えなくなる…
恐怖と絶望と挫折と。。。
想像できない…
大好きだったサッカーもできなくなり、
この先どうやって生きていったら良いのか、
生きていても仕方ない…
そんなふうに思う日々が続いただろう。
でも、ブラインドサッカーとの出会いが
彼に新たな希望を与えてくれた。
TV画面を通してみる彼の姿は、ホントに生き生きしてる。
一人暮らしをして自分で料理もする。
見事な包丁さばきだし…
そして、料理するその足元には、サッカーボールが…。
ブラインドサッカーをする上で必要なトレーニングだそうで、
意識は違うところにあっても、ボールをコントロールすることが
できないと…ということらしい。
これには、チームメイトも驚いてたけど、
それだけ日々努力しているんだなって思った。
彼はこの番組内で、コメントした。
人が足りないと。
プレイヤーも少ないし、サポートする人も足りない。
自分たちだけでは、ブラインドサッカーはできない。
GK、相手ゴール裏で声を出すコーラーという役割の人、
そして、監督は健常者が担う。
もちろん、練習だって、健常者の協力が必要になる。
パラリンピックの正式種目にもなったし、
日本のブラインドサッカーのレベルアップのためには、
健常者のサポートが欠かせないわけだ。
夢と希望を与えてくれるスポーツ…
サッカーに限ったことではないけど、
ハンディのあるなしは関係なく、
みんなが平等に楽しめたら、
どんなにhappyなことだろうって思う。
番組の中で紹介された彼のチームメイトたちは
ブラインドサッカーの魅力について、こう語った。
視覚障害者のスポーツは他にもあるけど、
サッカーは運動量が多く、思いっきり走り回れるところが
楽しいと。。。
そういえば、おにいにちょっと前に聞いたことがある。
サッカーの楽しいところは何かって。
同じようなことを言ってた。
いっぱい動き回れるからってなこと。
参考までに、日本視覚障害者サッカー協会のホームページはこちら↓
JBFA 日本視覚障害者サッカー協会
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無題
その番組、見てませんでした。知っていたら録画して家族で見たかったです…
段々視力が奪われていったときの絶望…その苦しみは計り知れないですよね。言葉だと、偉いとか感動したとかいう表現になってしまうんですが、ハンディキャップがあるからと甘えない気持ち、そして大好きなことをできる幸せを、この先もずっと持ち続けていてほしいとすごく思いました。健常者が支えるというか、ハンディはあっても、それは周りがサポートしながら一緒に楽しむ、同じ人間なんだから、そんな気持ちを私も含め世の中の人皆が持ってれば、すごく良い世の中になるかなって思いました。それに逆に、その彼のような方から教わることが沢山あると思うし。本当に人生お互い様なんですもの。
HP見てみます。
良い話を聞かせてくれてありがとうm(^-^)m
段々視力が奪われていったときの絶望…その苦しみは計り知れないですよね。言葉だと、偉いとか感動したとかいう表現になってしまうんですが、ハンディキャップがあるからと甘えない気持ち、そして大好きなことをできる幸せを、この先もずっと持ち続けていてほしいとすごく思いました。健常者が支えるというか、ハンディはあっても、それは周りがサポートしながら一緒に楽しむ、同じ人間なんだから、そんな気持ちを私も含め世の中の人皆が持ってれば、すごく良い世の中になるかなって思いました。それに逆に、その彼のような方から教わることが沢山あると思うし。本当に人生お互い様なんですもの。
HP見てみます。
良い話を聞かせてくれてありがとうm(^-^)m
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